それとこれとは

「昔は良かった」と言い出したら、年寄りの始まりらしい。
「昔」がどれくらいを指すかは、人それぞれ。

私にすれば「最近」、好きなドラマを挙げるとしたら、「64(ロクヨン)」だ。
配役、演技、音楽、効果、カメラワーク、どれをとっても私の好みだった。
主演は、いま話題のピエール某である。
のちに、佐藤浩市で映画化されてテレビで見たが、ピエールのドラマの足元にも及ばない残念な出来だった。
この役は、男前では務まらないのである。

顔ではなく、人で見せる物語だった。
これが、もう放映されない。
どちらにせよ共演が新井某だったので、放映されることはなかっただろうけれども、これを見たことがない人は、人生の何パーセントかを損していると思う。
私はもちろん、録画をDVDに落として永久保存版として繰り返し見ている。

敬称略で書くが、昔、田中真紀子が国会で「あなたは主婦としてどうのこうの・・・」と追及されたことがある。
巨人の原監督が、前回の監督時だったかに不倫が発覚して、世間が騒いだことがある。
私は、この手の騒ぎが嫌いである。

実際に真紀子氏に政治能力があったかどうかは別として、私が政治家に求めるのは政治能力であり、世の中を良くしてくれることだ。
私が彼女の夫だったら、彼女の主婦能力を問題にしたかもしれしないが、そうではない。
私が原監督の妻だったら、彼の不倫に怒ったかもしれないが、そうではないので、巧い采配や楽しい野球を見せてくれればそれでよい。

私は「64」の主人公が好きだった。
その物語自体が。

当人が悪いのは言うまでもない。
この罪によって、彼個人の今後が閉ざされるのはわかるが、彼を含めた多くのスタッフ、キャストが作り上げてきた物語が封印される必要があるのだろうか。
それは、文化の喪失ではないのか。

好きな画家のひとりにカラバッジォがいる。
殺人を犯したと言われている。
聖書のシーンを描いた作品のモデルに娼婦や死体を使ったらしい。
それでも、私はそれらの作品に感動する。
画家個人の罪と作品とは、別の話なのだ。

感動するためには、そこに関わるすべての人が清く正しく生きていなければいけないのか。
誰かひとりそうでないことが発覚したら、作品そのものが色あせて、価値を失うのか。
そうだとしたら、芸術性の在り処はどこなのだろう?

ネットが普及してから、多くの人が自分の意見を発信できるようになった。
それは、ブロガーの一人として、いい側面だと思う。
けれども。
誰かを簡単に糾弾できる社会に、社会自体が怯えている。
怯えた発信者は、クレームのつかない無難なものしか創らない。
だから、14年前、私がネットで書き始めた頃は、いろいろな意味で楽しめるブログが多かったけれど、いまはとても少ない。
誰も彼も、本音を抑え、無難なことしか書かない。
そうして、いい書き手は、いつのまにかいなくなってしまう。

私も、反論コメントの応酬に疲れ、移転を繰り返してきたわけだけれども、戻ってきたら、昔トラバし合った書き仲間はみんないなくなっているという始末。
文化の喪失である。
これは、残っていた数少ないなかの、small-talkさんへのトラックバック。




# by kazematic-night | 2019-03-15 23:29 | 日常 | Trackback

「草原の椅子」を読んだのは、もうずいぶんと前の話だ。
文庫のあとがきだったか、阪神淡路大震災で被災した後、好きだった陶磁器が買えなくなったという記述があったような気がする。
筆者であったか、評論家だったか、記憶が定かでない。
そうなのか、そういうものなのか、と思った。
しかしそれは、形あるものはいつか壊れるというあたりまえのことを受け入れられなくなるのだな、という解釈だった。

8年前の3月11日のその瞬間、私は家にいなかった。
朝から風邪気味で、無理をして出勤したものの、どうにも体調が悪くて、午後から早退した。
会社の近くの診療所に行き、薬をもらって自宅へ向かった。
熱は、38度を超えていたと思う。
JRから私鉄に乗り換えるターミナル駅で、遅いランチをとって薬を飲んだ。
そして、駅に隣接するデパートを通路代わりにして改札に向かおうとしたとき、その「音」を聞いたのだ。

最初は、かすかに。
カチカチカチ・・・と。
そこはデパートの貴金属売り場になっていた。
ガラスのショーケースがずらりと並び、天井からは、シャンデリアっぽい照明が下がっている。
その照明の飾りガラスなのか、ショーケースなのか、わずかに触れ合う音がした。
カチカチカチ・・・

まもなくシャカシャカシャカになった。
足元が激しく揺れ始める。
そのとき、私のケータイは、今より古い機種で、緊急地震速報の設定はなかった。
私に地震を知らせたのは、カチカチというガラスの音だった。
たまたまそばにいた若い女性と、瞬間、顔を見合わせ、自然な流れで互いに手を取り合った。
そして、空いたほうの手で、壁につかまった。
揺れのせいなのか、恐怖で足が震えているせいなのか、とにかく立っていられなかった。
揺れは、ずいぶんと長く感じた。

乗り換えるための私鉄駅に向かう陸橋の上で、最初の大きな余震が来た。
自分がいるコンクリートの橋が、8の字を描くようにうねるのを初めて見た。
もう電車は動くまいと確信する。
熱による不快さはどこかへ吹っ飛んでしまった。
それどころじゃなかった。

1時間歩いて自宅に到着した。
早退して近くまで来ていたのは、幸運だった。
マンションは、幸い停電もしておらず、エレベーターは動いていたが、乗る勇気はなく7階まで階段を上った。
玄関ドアを開けると、まず下駄箱の上に置いてある石膏像が落ちて割れているのが目に入った。
それをまたぎながら、必死に自分の中で覚悟をしようとした。

それでも。
私はやっぱりショックを受けてしまった。
食器棚の扉は開け放たれて、中の食器が飛び出して落ちて、割れていた。
家具は倒れてはいなかったが、上に置いてあるものは、何かでさらったように、きれいにすべて床に落ちて、散らばっていた。
飾り棚も同様だった。
冷蔵庫が動いて、壁と斜めになり、扉が開かなくなっていたのには助かった。
後日、同じ階の住人と話したら、冷蔵庫の扉が開いて、中のものが床に散乱して片付けに往生したということだった。
確かに、卵やら牛乳やら、考えただけでもぞっとする。
しかし、それなしでも、文字通り足の踏み場がなかった。

壁や柱にはいまも、ひびが入ったままだ。
次に大地震がきたときは倒壊するかもしれないが、修繕する金はない。
共用部分に関しては、修繕積立金で最低限の処置はしている、らしい。

食器棚と飾り棚には、いくつもの珈琲カップが収められていた。
中学を卒業してから始めた旅先で、土産物など滅多に買わない私が、本当に気に入ったものだけを、清水の舞台から飛び降りるつもりで1客ずつ買い集めた陶磁器のカップ。
そのほか、フランスで暮らした時期、ヨーロッパをバックパックキングしたときに、食費も惜しんで買ったガラス製品もあった。
それらが、すべて飛び出して、割れていた。
食器棚は止めてあるが、飾り棚は止めていない。
倒れなかったのが幸運なのかもしれなかった。

家族に怪我をしたものはいない。
生活に必要な家財も、みな無事だった。
だから、家や家族を失った人には、私のショックなどとるに足らないもの。
嘆いては申し訳ない。
けれど、頭ではわかっていても、ダメなのだ。

あれから、私の陶磁器熱は、すっぱりと醒めてしまった。
それまでは、買わずとも見るだけでも楽しくて、骨董品屋とか陶器市などを冷やかしたものだが、あれ以来、そういう気がなくなってしまった。
普段遣いの食器も合わせて、8割がたのものが割れた。
棚は、スカスカになった。
ご飯茶わんとお皿をいくつか、100均で補充したのが精一杯で、あとは、ほったらかしている。
以前は、盛り付けなどにもこだわったものだが、今は、和食も洋食も、1種類しかない同じ皿に盛る。

私は、ガラスや陶磁器が触れ合ってカチカチいう音が、怖くてならないのだ。
鳴っていないときも、見ただけで鳴っているその音を想像してしまって怖くなる。
だから、洗い物は、とても丁寧になった(^_^;)
カチリとも音を立てたくない。
皿を重ねて膳から下げる、なんてことも絶対にしない。
食器同士が触れ合わないように、ひとつずつ下げている。

震災の夜、夫は帰宅することができず、次の日からも震災対応で帰れないまま、私は独りで、数日を過ごした。
パソコンの無線LANの装置が緊急地震速報装置も兼ねていて、住まいの住所に設定してある。
だから、私の住んでいる町が震度3以上揺れると観測できたとき、警報音と自動アナウンスが流れる。
それが、あの夜から数日は、ひっきりなしに反応した。
しかし。
私は、感じるのだ。
それが鳴るほんの一瞬前に。
棚に残ったわずかな陶磁器がカチカチと鳴る音を。

きっとそれは思いこみ。
妄想なのだ。
なぜなら、そこまでの揺れが来る前に、地震速報より先に「地震だ」と感じるのだから。
そして、もまもなく鳴るはずだと、装置を見る。

たぶん、お尻が感じるのだと思う。
だけど、私の頭の中では、やっぱり陶磁器が音を立てている。
8年前のあの日、家にいなくて、本当に良かったと思う。
家中からカチカチと音がして、落ちて割れてさくさまを見なくて助かったと。
いつか、首都直下とか大地震が起こるときも、私は、外にいたい。

震災を過ぎて初めて、「草原の椅子」のあとがきが実感できた。
壊れるのを見るのが辛いから買わない、などという理屈ではなく、音が怖くて近寄れなくなったのだと。
小説で、主人公は、陶器屋さんで働く女性に惹かれる。
そういう記述があったか忘れたけれど、彼女を好きになったことで、それまで近寄れなかった陶器屋さんに、近づけるようになるのだ。
恐怖を克服できたのだ。
人を救い、人を癒せるのは、やっぱり人でしかない。

私も、好ましい男性が働く陶器屋さんを見つけたら、この恐怖を克服できるかもしれない。
しかしその可能性は、激しく低い。

この8年間、傷ついた人々が頑張ってきたというのはいい。
でも、政治家や芸能人が追悼の場や特別番組で、あれもやった、これもできたと自分の功績を並べ連ねるのは恥ずかしくないか。

上に立つ者、影響力のある者は、たとえそのとき人知が及ばぬことであっても、いつまでもトラウマを持つべきだと思う。
やってもやっても、まだまだ足らぬという自覚を持つべし。

風化という言葉がどうもピンとこない。
テレビで特番をやらないと、みんな忘れてしまうのか。
つらい記憶をどうやったら忘れてしまえるのか、教えて欲しい。

仕事は難しそうだが、増収を求めて職場を変えた。
今日からという先方の希望もあったが、今日はブログを書くために、初日を明日にしてもらった。
帰宅時間も遅くなるので、またしばらくご無沙汰すると思う。
被災者であってもなくても、苦悩と困難のほとんどは、お金が解決する。
年を重ねるにつれ、よりカネモチを嫌悪する私である(^^;

一番見てほしい記事は以下のリンク「逃げなかった人々」。
これを含めて、そのほかの記事はどうでもいい。
それから、失礼を承知で書くが、こういう記事を上げると、私はあの地震のとき、こうだった、ああだったというコメントをいただくことがあるが、ここは掲示板ではないので、ご自身の貴重な体験は、ご自身のブログに書いていただきたいと思う。





# by kazematic-night | 2019-03-11 14:13 | 過去 | Trackback

詠む

ふるさとの 海に向かいて合掌す 痩せた背骨を 雨よ叩くな
# by kazematic-night | 2019-03-11 12:10 | | Trackback
あれから8年がたった。
もう、なのか。まだ、なのか、わからない。
うんと昔のことだったような気もするし、ついこのあいだのことのような感覚もある。

震災から半年して、被災者、介護者のヒアリング関係の仕事をした。
悲しみに沈む声、憤りに震える声を何度も何度も繰り返し聴いた。
泣きながら。

それからさらに1年と半年の後、新聞が特集を組む。
2012年10月23日のことである。
夕刊の特集のタイトルは、「東日本大震災と短詩型文学を考えるシンポジウム」。
歌人でもなく詩人でもない、多くの市井の人々が、震災をきっかけに歌を詠んだという記事だ。
そこに、こういう歌が載っている。

「逃げろといはれ逃げ場なき人半分も居るならわれも此処にとどまる」

震災後の暮らしの厳しさを語る声が、今も私の胸に刺さっている。
それは、テレビの取材カメラの前では語られない真実。

逃げなかったんだって。
高齢者たち。
車椅子の人たち。
寝たきりの人たち。
家族や近所の人たちが、逃げようって説得しても、家が流されて何もかもなくなるなら、このまま自分も家にいて、一緒に流されたほうがいいって。
そしてそのまま、流されたんだって。
介護していた家族も一緒に。

家がなくなっても、命さえあればなんとかなるって、思えない社会なんだ。
高齢者や障害者、病気の人たち。
この機会にいなくなってしまおうって、思ったんだ。
思わせてしまったんだ、この国は。

語ってくれた女性は、60代。
ご主人が障害者で車椅子に乗っている。
その人も、逃げないって言い張って、1回目の津波に耐え、それでも逃げないで、2回目の津波も浴びたって。
助かったのは、たまたま、他のところより地形が幸いしたから。
流されて沈んだけど、偶然、地面に足がついたって。
そしたら、自衛隊の人に助けられたって。
でも、地獄のようだったと。

それでも。
ご主人は、今も言っているという。
次にまた地震があって、津波が来ても、やっぱり逃げないって。
家と一緒に流れて行きたいんだって。

命だけじゃダメなんだ。
助かっただけじゃダメなんだ。

彼女の傍らには、ほとんど寝たきりとなってしまった夫がいる。
慰めにとつけているのかテレビの音がかなり大きい。
それが邪魔をして、録音された音源は、かなり聞きとりにくかった。
普通ならば、自宅(といっても仮設だが)に来客があって、聞き取り調査をしていれば、すこしは気を遣って音量を下げそうなものだが、すでにそういうこともできないのか、するつもりもないのか。
妻もまた、操作しようとはしない。
そして、インタビューの応答の端々に、夫への不満、介護のしんどさが滲む。
おそらくは、こういう機会が訪れるまで、誰にも告げずにきたのだろう。
夫がくも膜下出血で倒れてから、実に19年ものあいだ、彼女はたったひとりでその面倒をみてきたという。

介護の問題点を問う質問の答えが、しだいに夫の悪口になる。
介護で何が一番大変かと尋ねると、怒鳴り散らされること、と答えた。
その答えは、傍らでテレビを見ている夫に、聞こえたものか、聞かせたものか。
いや、そのバリケードのために、テレビの大きすぎる音量があるのかもしれない。
双方のためのバリケード。

大津波が来たとき、自分は逃げないけど、お前らは逃げろと言った人がたくさんいたと、彼女は語った。
高齢や病気や障害で、自分ひとりで動くことのできない人たちは、自分はもういいから、家族は逃がしてやりたいと思ったのだ。
自分はいいから、お前ら逃げろ。
だけど、置いて行かれませんもんねえ。
それで、看ていた人たちも一緒に流されて行ったんです、と。

地震が来ても、津波が来ても、逃げる気はないと言った夫。
長きにわたる介護の果てに、尽くしてきた夫に怒鳴り散らされながら、それでも、置いていけないですもんねと、この妻も言って、逃げない夫に付き添った。
次にまた津波が来ても、きっと逃げないだろう。

人の心を一枚岩のように語るのは好きではない。
人はみな、愛しながら憎み、憎みながら愛するものなのだ。
初めて会った他人さまに、連れ添ってきた夫の悪口と介護の愚痴を言いながら、自分と夫の命の危機には、夫を見捨てることができない。
あの人たちはいま、どんな暮らしをしているのだろうか。
何から逃げたいと願い、何からは逃げたくないと思っているのだろうか。

8年が経とうとしている今日、在宅被災者の特集を見た。
家が流された人にはされる支援が、家が壊れた人にはなされない。
壊れた家は自分で直してくださいというわけである。
「命さえあれば」の後は「家さえあれば」だ。
けれども。

よりつらい境遇の人と比較して「あなたのほうが」または「自分のほうがマシ」だという幸福感などくそくらえだ。
相対的にしか確認できない幸せなんか、幸せとは呼べない。
他者のつらさを、ものさしにするな。

悪化していくだけの兄を看ながら、いま大災害に巻き込まれたら足手まといの兄を振り捨てて逃げるだろうかとよく考えた。
逃げて、結果、住むところがなくなったら。
私も大きなケガを負ったら。
働けなくなったら。
兄を、母を、どうする?
中途半端に生き残っても、結局つらい暮らしだと思うと、逃げないほうがいいのかなどと。

逃げなかった人々。
その声なき声。

命さえあれば、とか、死んだ気になれば、とか、いろいろ励ます言葉はあるけれど、言葉では救えない暮らしがある。
それでも。

それでも、生きていくのだ。
生きているからには、もっと幸せになりたいとあがくのだ。
そのあがく姿に、私は打たれる。

祈りで叶うことは少ない。
祈りだけで終わらせてはいけない。
逃げて逃げて、逃げた先に、楽しい暮らしがあると信じられる国、社会にするべく、考え、闘い、発信していく。

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     「閖上」を
     「ゆりあげ」と
      読むと知った
      あの日の
      哀しみ

# by kazematic-night | 2019-03-11 00:00 | 日常 | Trackback

お蔵入り

パソコン開けて、記事を半分書いたところで、内職の連絡が入り、すぐさまデータを送ってもらった。
半分終了、続きは明日夜。
こうやって途中になり、お蔵入りした記事多数。
賞味期限の切れた下書きをまとめて捨てるとき、もう書くのはやめようと、いつも思うのだが、気づいたらまた下書きが溜まっている(笑)

名前は書かないが、その選手の快復と復活を祈っている。

一昨年の夏、兄の容態が急速に悪化したのは、麻央さんの訃報からだった。
それは「看取りの夏」に書いた。
あれから私は、病気の話に震え上がる。

どうか。
頑張らなくても、治ってほしい。
精神論じゃなくて、患者が何もしなくても、医学の力で治ってほしい。

書きかけ記事は、土日になるかな。
なるべくお蔵入りはさせたくない。

# by kazematic-night | 2019-02-12 23:41 | 日常 | Trackback

明日から仕事だが

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今朝のベランダから。
雪は、午後には消えてしまった。
ほっとしたような、淋しいような。
何でも、すこし物足らないくらいがちょうどいいのかもしれない。

パソコンを開く気力もない。
たまに開くと、いろいろアップデートがあり、待っているうちに面倒になり、アップデート終了とともに閉めてしまう。
これはスマホからだが、打つのが苦手。
行きつ戻りつだ。

バカッターやら虐待やら、腹立たしいニュースばかりが目立つ。
バカッター投稿者は、顔のモザイクを外してもいいのではないか。
悪ふざけという甘ったれた呼び方もやめて、きちんと犯罪であることをを報じて欲しい。
1000万の賠償金も背負ってもらおう。

個人的にもあまり明るい話題がない。
仕事先のバイトも、かなりひどい。
私よりずっと年下の上司も含めて、仕事人力というものが低下の一途。
人のことは言えないが、一般常識のなさは想像を絶する。
バカッターは、もはや特殊な世界の出来事ではない。

口を開けば文句か愚痴になってしまいそうで、ついつい書くことにも躊躇い、負の感情を飲み込む日々。
怒りにもエネルギーが必要なのだ。
年をとって丸くなるというのはウソで、単に怒る気力がなくなるに過ぎない。

思えば、怒りや悔しさをバネに跳んできた。
トンガってきた。
理不尽への憤慨は、私のエネルギーの源だ。

だが。
昔と違っていまは、楽しかったり、穏やかだったり、読んだ人の心が温まるブログが全盛で、私なんぞは、ちと居心地がよろしくない(^_^;)



# by kazematic-night | 2019-02-11 23:34 | 日常 | Trackback

不運

椎間板ヘルニアのため、その日によって立っているのがつらいときと、逆に立っていたほうがラクなときがある。
今日は前者なので、1台待って始発電車で座って帰る選択。

楽勝で座席をゲットして発車を待っていたら、杖をついたおじさん(私より10歳以上若いだろうが)が、私の斜め前に立った。

立たれた、が本音。
真前に座っている若い女性はウトウトしながら時々スマホを見て、気づいていないのか、いないふりをしているのか。

不運だ、が本心。
しょうがないから立ち上がって席を譲る。
ああ、20分も待って座ったのになぁ。
やっぱり腰が痛い。

心の片隅で、杖の人に「おまえがあと20分待って始発に座れよ」と思う私は、性格が悪い。

# by kazematic-night | 2019-01-31 17:35 | 日常 | Trackback

録音

市長の暴言が問題になっている。
会見で消え入りそうに釈明していたけれど、出してしまった言葉は引っ込まない。

録音は怖いなと思う。
そんなことは言っていないと否定しても、音源があればごまかしようがない。
いまは、何でも録画、録音されていると思ったほうがいい。

父、兄、母と、痴呆やら病気やら手術が続き、役所や病院や施設と、ひとりで相談や交渉をしてきた。
私はそのすべてを録音している。
威嚇であり、いざというときの矛であり盾である。

ブラックな会社にいたときの社長面談も、退職の交渉も録った。
残業代不払いが違法であると認めた言葉も、ハラスメント発言もだ。
出すべきところに出せば、悶着は避けられないだろう。

奮発して買ったペン型の高性能のICレコーダーは、頼る人も金もない私の武器である。
音とペン、いやネットが、私だけでなくすべての人にとってももろ刃の剣なのだ。

ギスギスしたいやな時代だという声もあるだろう。
けれど、ひとりで戦っていく者にとって、それがあるという安心感は大きい。

そうして、自分が放つ言葉にも敏感になっていく。
交渉のときは、言質をとられないような言い回しにする。
脅しにならないように、気持ちの中だけで脅す。

世の中は、素直なお人好しは、損をするようにできている。
多少損をしても生きていけるならいいが、役所や病院から突きつけられた理不尽は、私や実家の命を脅かすものだったから、私は計算高い腹黒い人になることで、それらをしのいできた。
甘い顔なんて見せられない、そう思って生きてきた。

それはとても面倒で、疲れることなんだけれども。

いざとなれば、iPhoneでも録る。
ま、最近は自分が言ったことを忘れないためというのもあったりして(^_^;)

# by kazematic-night | 2019-01-29 23:05 | 日常 | Trackback

プチゲーマー

年末年始を含めた精神的ひきこもりの期間、何をしていたかというと、PCゲームをしていた(^^;
私は、プチゲーマーなのである。

子供を亡くしたとき、すべての楽しみを失くした。
テレビも本も音楽もなにもかも楽しくなかった。
外に出ると、必ず子供の姿がある。
親子連れ、家族連れが、スーパーや公園や、通りすがりの道々にいて、どこを迂回しても常に私の視界に入った。
たびごとに、打ちひしがれた。

家のローンがあったので、最低限は働かなくてはならない。
でも、ほとんどはデータの入力で、相手は人ではなくパソコン。
かつ、行き帰りさえしのげば、会社には子供はいない。
私の事情を知っている人もいない。
会社では誰にも慰められないが、責める人もいない。
そういう話題が出てこない人とだけ、仕事に必要な最低限の会話だけして日々を過ごした。

私は次第に表情を失くした。
それはすなわち、感情そのものがなくなってしまったということ。
それから、12年の凍結期間がある。

解凍のきっかけは、どこかに書いたと思う。
でも、とんとん拍子に傷が癒えるというわけではない。
いや、傷はいまも癒えていない。
だからひとりになったのだし、いまも私は「はじめてのおつかい」が見られない。

その過程で、私はプチゲーマーになった(^^;
夫が買ってきたPCゲームソフトに、いつしかはまってしまったのだ。
好きなのはシュミレーションもので、戦闘ものは苦手。
街をつくったり、会社を繁盛させたり、戦国ものでも、戦よりも城を大きくしたり、城下を栄えさせるのが楽しい。
領民が満足してくれたら嬉しい。
要は架空の世界でも金儲けが好きなのだ(笑
まあ、飢えて育ったから、いたしかたない、と思っている。
でも、金持ちは嫌い。

いまやっているのは、競走馬育成ものの2010年のバージョン。
最初にやったのは2000年くらいだったか。
それから2010年に当時の最新バージョンを買って、そのあともう8年も繰り返しやっている。

昔、岡島二人という作家がいて、そのデビュー作が「焦茶色のパステル」。
競走馬の毛色の遺伝がトリックに使われているミステリー。
それを読んだとき、私は思った。
中学生の生物の授業、なにゆえに遺伝のモデルがアカメショウジョウバエだったのか。
私は虫が苦手で、写真やイラストも触れない。
だから、アカメショウジョウバエの優性遺伝の図が出ている教科書は開けなかった。
あれが、もし馬の毛色であったら、私はものすごく生物学が好きになっただろう。

岡島二人だった2人は、いまはもう解散してしまった。
岡島時代のものは、完読していると思う。
ひとりになった元二人の作品も読んだが、岡島時代とは比べるにも及ばない。
そのすべてが好きだが、やはりパステルだ。
それまで競馬は、父が生活費をつぎ込んで家庭を壊した憎むべきギャンブルの立ち位置だった。
しかし、パステルが、それを毛色の遺伝という、配合をめぐる神と科学の世界に変えた。

その土壌があったので、私はゲームにはまった。
芦毛の馬から白毛の仔を出したい。
しかも、G1をとるような強い白馬だ。
何代も何代も掛け合わせを重ね、すこしずつ白毛が増えてくる。
すこしずつ勝てる馬になる。
この血統を繁栄させ、血統確立したい。

現実ではなんの生産性もない。
ましてや、私の傷の元である、妊娠と出産である。
馬とはいえ。

これは現実逃避なのだ。
嘲笑したり、軽蔑したりする人がいるかもしれない。
いるだろう。
でも。

逃げ場所は必要だ。
どんなところであれ。

このゲームを最初に始めたとき、掲示板のようなものがあって、そこから配合のヒントをたくさんもらった。
そのあと、短歌と出会って、ネットに投稿しようと思ったのは、あの配合の掲示板の経験があったから。
リアルは怖いけどネットなら、という気持ちがあったから。
そのネット短歌から、私はブログにたどり着いた。

もう10数回目になるので、牧場経営のコツはわかっており、我が牧場は繁栄を極めている。
ただ、白毛の三冠馬を出すというのはまだ時間がかかる。
血統確立はたぶん無理だ。
でも、愛馬が負けても現実に損をするわけではないし、決まったエンディングがあるわけでもない。
続けるのもよし、やめるのもよし。
そして、騎手や調教師はイラストでも年をとって引退していくが、オーナーの私は年をとらない(笑

さて、今日は会社でひとつ大きな仕事が終わったので、荷を下ろした気分だ。
すこしだけ、現実逃避をしなくてすむので、ゲームではなくブログを開いた。

# by kazematic-night | 2019-01-28 21:31 | 日常 | Trackback

大野くん

先週の仕事の詰め込み方が結構ハードだったので、週末は休養主体。
リコメは週明け。

嵐がお休みという話。
昨年の紅白で、大野くんが妙にやる気がないように見えたのが腑に落ちる思い。
40前に違う世界を見たくなるのはよくわかる。
なんとか一筋何十年というのは、それはそれですごいことだけど、違う空気を吸った経験のある無しは私には重要で、交流を持つなら後者のほうがいい。

経験が引き出しをつくり、引き出しの多い人の話のほうが圧倒的に面白い。

店や宿を選ぶとき、かつて行ったことのあるところばかり選ぶ人がいる。
接待ならそうだろう。

でも自分だけなら、私は未知の場所を選ぶ。
やり直せるなら、また同じ人と結婚するという人もいるが、なんともったいないことを!(笑)

チャレンジない人生の話は、ビールのつまみとしても味がない。

# by kazematic-night | 2019-01-27 22:24 | Trackback

フランス語で「Poisson d'avril」は四月の魚、四月馬鹿のこと。日々のどうでもいいような話の置き所。過去の非公開ブログから適当に集約して移行中。可能な限りオンタイム更新もしたい。


by 風待ち